「ベトナムでいちばん美味しい料理はどこ?」
その問いに多くのベトナム人が迷わず挙げるのが、古都**フエ(Huế)**です。

ハノイの繊細な北の味、ホーチミンの甘い南の味――。
そのどちらにも属さないフエ料理は、王宮の気品と庶民の温かさが調和した特別な味。
その繊細さ、美しさ、そして奥深い香りが、今なおベトナムの“食の都”として人々を惹きつけています。
🏯 王の都が育てた食の芸術
19世紀、ベトナム最後の王朝・阮朝(グエン朝)が都を置いた地がフエ。
王族や貴族の食事を担った料理人たちは、毎日異なる料理を作り、盛り付けの色や形にも意味を込めました。
こうして生まれたのが、宮廷料理(ẩm thực cung đình)。
食材の選定から調理法、器の配置に至るまで「美しさ」と「礼」が重んじられ、
一皿がまるで工芸品のような完成度を誇ります。
今でもフエの家庭料理や屋台には、
この宮廷文化の名残である上品な味わいと美意識が息づいています。
🌈 五感で味わうフエ料理の魅力
① 見た目が美しい
フエ料理は、まず目で楽しむ料理です。
一口サイズの「バインベオ(Bánh bèo)」や「バインナム(Bánh nậm)」は、
白・緑・橙のコントラストが美しく、器に並ぶ様子はまるで蓮の花畑のよう。
色には意味があり、赤は幸福、白は純粋、緑は平和。
料理を通して「良い運気」を食卓に招くという考え方も、王朝文化の名残です。
② 香りの重なり
フエ料理を特徴づけるのは、香りの層の深さ。
魚醤(ヌックマム)、発酵エビペースト(マムルオット)、レモングラス、唐辛子、ハーブ。
これらを複雑に組み合わせて、辛い・甘い・酸っぱい・旨いが同時に広がります。
代表的な「ブン・ボー・フエ(Bún bò Huế)」は、
牛骨とレモングラスを長時間煮込んだスープに、唐辛子油と発酵調味料を加えた一品。
深く、香り高く、まさにベトナム麺文化の王です。
③ 味のバランスと優しさ
フエ料理は見た目の華やかさに反して、味は実に繊細。
塩味と甘味、酸味と辛味の調和が計算され尽くしています。
舌に強く残らず、後味が優しいのも特徴です。
🌶 フエが“香りの都”と呼ばれる理由
中部フエは高温多湿で雨が多い地域。
この気候の中で食材を守るため、自然と発酵・香辛文化が発達しました。
結果として、フエ料理は全国的に見てもスパイスと香りが最も複雑な地域料理となったのです。
- レモングラスと唐辛子で香りと辛味を調整
- 発酵エビ調味料で旨味を追加
- 魚醤で全体をまとめ、ハーブで清涼感を添える
たとえば、名物「コム・ヘン(Cơm hến/しじみご飯)」は、
ピリ辛のしじみ出汁にピーナッツと香草を添える、まさにフエの“香りの縮図”。

🍢 ネムルイ(Nem lụi)──フエの心を包む料理
フエを訪れるなら、絶対に味わってほしいのがネムルイ(Nem lụi Huế)。
一見すると焼きつくねのような料理ですが、
レモングラスの茎に豚ひき肉を巻きつけて炭火で焼くという、香り高い逸品です。
🔸 フエ流の食べ方
- 焼き立てのネムルイをライスペーパーにのせる
- 青パパイヤの千切り・生ハーブ・キュウリ・ビーフンなどを重ねる
- くるくると巻いて、特製のピーナッツ味噌ダレにつけて食べる
この味噌ダレ(ヌオック・レオ)は、ピーナッツと発酵調味料を使った濃厚なソースで、
甘辛く、どこか香ばしい。
一口食べるたびに、炭火の香り・レモングラスの爽やかさ・ピーナッツのコクが一体となり、
口の中で「フエの風景」が広がるような感覚になる。
ネムルイは、宮廷の繊細さを受け継ぎながら、
庶民の創意が生み出した“フエの心”そのものだ。
🍚 宮廷と庶民が共存する食文化
フエの魅力は、宮廷の高級料理と庶民の屋台料理が同じ街で共存していること。
王朝の気品をそのままに、誰でも楽しめる形に落とし込まれた。
| 代表料理 | 特徴 |
|---|---|
| Bún bò Huế(ブン・ボー・フエ) | 牛肉とレモングラスの辛旨スープ麺。フエの象徴。 |
| Nem lụi(ネムルイ) | レモングラスの串焼き。香ばしく包んで食べる名物。 |
| Cơm hến(コム・ヘン) | しじみご飯。辛味と酸味のバランスが絶妙。 |
| Bánh bèo(バインベオ) | 小皿蒸し餅にエビの風味を添えた上品な前菜。 |
| Chè Huế(チェーフエ) | 豆・芋・ゼリーの甘味。宮廷デザートの伝統。 |
どの料理にも共通しているのは、手間を惜しまない丁寧さと五感で楽しむ演出。
屋台料理であっても「美しく、礼儀正しく」が徹底されている。
💭 フエ人の哲学:「料理は人を映す鏡」
フエでは、料理を作ることは心を整えることだと信じられています。
仏教と儒教の教えが融合し、料理=徳の表れという考え方が根付いています。
だからこそ、盛り付けの整い方、器の清潔さ、香りのバランス――
すべてが「食べる人への敬意」を意味します。
食を通して心を尽くす。
それが、フエ料理が他地域よりも“格の違う美味しさ”を持つ最大の理由です。

🌿 現代のフエ料理──伝統と革新
近年、フエの若手シェフたちは古い宮廷レシピを再発見し、
現代的にアレンジした“ニュー・フエ・キュイジーヌ”を展開しています。
- 宮廷料理を現代プレートに再構成
- ヴィーガン・ハラル対応の新世代フエ料理
- 観光客向けクッキングクラス(ネムルイ体験が人気)
伝統を守りながら進化を恐れないその姿勢は、
まさに“フエの気質”そのものです。
✨ まとめ:フエは「味の都」であり「心の都」
フエ料理がベトナムで最も美味しいといわれるのは、
単に味覚の問題ではありません。
それは、
王朝の誇り・庶民の知恵・信仰の精神・美意識の融合という、
ベトナムの食文化のすべてがここに詰まっているからです。
ネムルイをひと口頬張れば、
炭火の香りとともに感じる“丁寧な暮らしの哲学”。
フエの屋台で食べる一皿に、何百年もの歴史が息づいている。
だからこそ、人々は今もこう言います。
「本当に美味しいベトナム料理は、フエにある。」
