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スリランカ料理の真髄とは?

世界には私たちの知らない、奥深い食文化が星の数ほど存在します。ここクエンカの地から、今日はインド洋に浮かぶ「光り輝く島」、スリランカの食の世界へと思いを馳せてみませんか。

「スリランカ料理」と聞くと、どのようなイメージをお持ちでしょうか。「インド料理と似ているのでは?」「とにかく辛そう」「カレーばかり?」といった声が聞こえてきそうです。確かに、地理的な近さからインド、特に南インドの食文化とは多くの共通点を持っています。

しかし、スリランカ料理は、そのイメージの枠に収まりきるものではありません。それは、島の豊かな自然、複雑な歴史、そしてアーユルヴェーダという深い知恵が融合して生まれた、驚くほど独自性の高い、魅力的な食文化なのです。


近年、日本でもスパイスカレーのブームや健康志向の高まりから、スリランカ料理専門店が注目を集めています。その真髄とは、単に「カレー」という言葉で片付けられるものではなく、多様な食材とスパイスが織りなす「調和の哲学」そのものにあります。

この記事では、スリランカ料理がなぜこれほどまでに奥深く、人々を魅了するのか、その文化的背景から具体的な料理、そして本場の食べ方まで、詳しく解き明かしていきます。

目次

スリランカ料理の独自性:インド洋の「食の交差点」

スリランカ料理の個性を理解するためには、まずこの島国が置かれた地理的条件と、歩んできた歴史を知る必要があります。

スリランカは熱帯雨林気候に属し、一年中温暖で雨量も豊富です。この気候が、ココナッツ、米、そして多種多様なスパイスや野菜、果物を育む豊かな土壌を生み出しました。島国であるため、周囲の海からは新鮮な魚介類が豊富に水揚げされます。

この豊かな食材庫は、歴史を通じて多くの人々を引き寄せてきました。スリランカは古くからインド、アラブ、マレー、そして遠く中国の商人たちが行き交う、インド洋交易の重要な中継地点でした。

インドからの影響

紀元前には北インドからシンハラ人が、その後、南インドからタミル人が移り住みました。特に南インドのタミル文化は、米を主食とし、ココナッツミルクやスパイスを多用する点で、現在のスリランカ料理の基盤に大きな影響を与えています。

アラブ・マレー商人がもたらしたもの

中東のアラブ商人たちは、彼らの食文化とともに、貿易を通じて様々なスパイスをもたらしました。また、東南アジアのマレー系の人々からは、「サンボル(和え物)」の原型や、特定の調理法が伝わったと考えられています。

ヨーロッパ植民地時代の「置き土産」

スリランカ料理の独自性を決定づけたのは、16世紀以降のヨーロッパ列強による植民地支配の歴史です。

ポルトガル(16世紀〜)、オランダ(17世紀〜)、イギリス(19世紀〜)と支配者が変わる中で、彼らの食文化が島に持ち込まれ、スリランカの食に融合していきました。

例えば、今やスリランカ料理に欠かせない「チリ(唐辛子)」は、南米原産であり、ポルトガルによってもたらされたものです。それ以前のスリランカ料理の辛味は、主に胡椒(ブラックペッパー)によってつけられていました。

オランダからは、お祝いの席で食べられる「ランプライス(Lamprais)」という料理が伝わりました。これは、バナナの葉でご飯や数種類のおかず(カリー)、肉団子などを包んで蒸し焼きにする、非常に手の込んだ料理で、オランダの食文化とスリランカの食材が見事に融合した例です。

イギリスからは、パン(彼らが持ち込んだのは食パンですが)や、ローストビーフのような肉料理、そして何よりも紅茶(セイロンティー)の文化がもたらされました。

このように、スリランカ料理とは、土着の食材と調理法をベースに、インド、アラブ、マレー、ヨーロッパの食文化が幾重にも重なり合って形成された、まさに「食の交差点」と呼ぶにふさわしい、ハイブリッドな料理体系なのです。

真髄を支える「3つの柱」:ココナッツ・スパイス・米

多様な文化的背景を持つスリランカ料理ですが、その真髄を支える明確な「3つの柱」が存在します。それが「ココナッツ」「スパイス」「米」です。

© Silar

命の木「ココナッツ」が支配する食卓

スリランカの人々にとって、ココナッツは「命の木」と呼ばれ、生活のあらゆる場面で利用されます。特に食文化においては、ココナッツなしでは一日も始まらないと言っても過言ではありません。

スリランカの家庭の庭には、ほぼ必ずココナッツの木が植えられています。 料理に使われるのは主に以下の3つの形態です。

  1. ココナッツミルク: 成熟したココナッツの果肉(胚乳)を削り、水とともにもみ込んで絞ったものです。これがスリランカの「カリー」のまろやかさとコクの源泉です。スパイスの刺激的な風味を、ココナッツミルクが優しく包み込みます。南インドでも使われますが、スリランカ料理ではより広範に、かつ大量に使用される傾向があります。
  2. 削った果肉(ポル): まだ水分が残っている果肉を専用の器具で細かく削ったものです。これは「ポル・サンボル」という、ご飯に混ぜ込むふりかけのような和え物や、「マッルン」という葉野菜の炒め蒸しにふんだんに使われ、食感と風味を加えます。
  3. ココナッツオイル: 食材を炒める際の調理油として広く使われます。特有の甘い香りが、スリランカ料理の風味を決定づける要素の一つです。

このほかにも、ココナッツの花の蜜を集めた「キトゥル・ハニー」はデザートやヨーグルトのシロップとして使われます。まさに、捨てるところのない万能食材です。

「辛さ」より「香り」:アーユルヴェーダとスパイスの知恵

スリランカ料理のもう一つの柱はスパイスですが、その使い方は「辛さ」のためだけではありません。むしろ「香り」と「健康」を重視している点に特徴があります。

スリランカには、インドと同様に伝統医療「アーユルヴェーダ」の思想が深く根付いています。「医食同源」、すなわち食事によって体調を整えるという考え方です。

スリランカのスパイス使いは、このアーユルヴェーダの教えに基づいています。食材にはそれぞれ「熱性(体を温める)」「寒性(体を冷やす)」などの性質があるとされ、スパイスを組み合わせることで、そのバランスを取ろうとします。

スリランカ料理に必須のスパイス&ハーブ

スリランカ料理の香りを特徴づける、代表的なスパイスとハーブを見てみましょう。

  • カレーリーフ(カラピンチャ): ほぼ全てのカリーに使われる、最も重要なハーブです。柑橘類にも似た、爽やかで清涼感のある独特の香りを持ちます。油で炒めて最初に香りを引き出します。
  • パンダンリーフ(ランペ): 「東洋のバニラ」とも呼ばれる、甘く芳しい香りを持つハーブです。特にお米を炊く時や、肉・魚のカリーに使われ、深みを与えます。
  • シナモン(クルンドゥ): スリランカは、高品質な「セイロンシナモン」の世界的な名産地です。一般的なカシア(ニッケイ)とは異なり、繊細で上品な甘い香りが特徴で、カリーに複雑な奥行きを与えます。
  • ターメリック(カハ): 鮮やかな黄色い色と、土のような香りを持つスパイス。殺菌作用や抗酸化作用があるともされ、アーユルヴェーダでは非常に重要視されます。
  • チリ(唐辛子): 辛さの源です。乾燥させたレッドチリと、生のグリーンチリ(青唐辛子)を使い分けます。
  • その他: カルダモン(香り高い)、クローブ(力強い)、ブラックペッパー(チリ以前の辛味)、コリアンダー、クミンなども多用されます。

これらのスパイスは、各家庭で独自の配合でブレンドされます。それが「トゥナパハ」と呼ばれるスリランカのミックススパイス(マサラ)です。火入れ(ロースト)の度合いによっても香りが変わり、料理によって使い分けられます。

日本人にも馴染み深い「米」という主食

3つ目の柱は「米」です。インドでは北部は小麦(ナンやロティ)、南部は米が主食ですが、スリランカはほぼ全国的に米が主食です。

スリランカでは、パラパラとした食感のインディカ米(長粒種)が一般的ですが、特に注目すべきは「赤米(ラトゥ・キャクルやラトゥ・ハールと呼ばれるもの)」の存在です。

赤米は、玄米の一種で、精米しても糠(ぬか)の部分に赤い色素が残るお米です。ビタミンやミネラル、食物繊維が豊富で、栄養価が非常に高いとされています。何よりも、噛むほどに広がるナッツのような香ばしさと、プチプチとした独特の食感があります。

この味わい深い赤米が、ココナッツミルクとスパイスが効いた濃厚なスリランカのカリーを、しっかりと受け止めてくれるのです。

© Ji-Elle

スリランカ料理の宇宙:「ライス&カリー」の全貌

これら3つの柱(ココナッツ、スパイス、米)が、スリランカの食卓で一つの宇宙を形成する料理。それが「ライス&カリー」です。

日本の私たちが「カレーライス」と聞いて想像するものとは、全く異なる概念であるため、ここを理解することがスリランカ料理の真髄に触れる最大の鍵となります。

「ライス&カリー」とは、一皿に盛られた「ライス(米)」と、その周りを彩る複数のおかず(カリー)の盛り合わせのことを指します。ワンプレート定食、あるいはミールス(南インドの定食)のスリランカ版と考えると分かりやすいかもしれません。

驚くべきは、スリランカでは、煮込み料理だけでなく、炒め物や和え物、ふりかけに至るまで、ご飯と共に食べる「おかず全般」を、広義の「カリー」と呼ぶことです。

プレートを彩る定番のカリー(おかず)たち

一般的に、ライス&カリーは、主食のライスに、3種類から5種類、多い時には10種類近くのおかずが添えられます。それぞれが異なる味と役割を持っています。

  • パリップ(レンズ豆のカリー): 必ずと言っていいほど登場する、最も基本的で重要なカリーです。レンズ豆(マスールダール)をターメリックとココナッツミルクで優しく煮込んだもので、辛さはほとんどありません。他の刺激的なカリーの味を和らげる、緩衝材のような役割を果たします。
  • ポル・サンボル(ココナッツのふりかけ): 削ったココナッツの果肉に、チリパウダー、玉ねぎ、塩、ライム(またはレモン)果汁を混ぜ合わせた、辛くて酸っぱい和え物です。ご飯に混ぜ込むことで、味のアクセントと食感の変化を生み出します。
  • マッルン(葉野菜のココナッツ炒め蒸し): 刻んだ葉野菜(ケールに似たものや、ゴトゥコラというハーブなど)とココナッツの果肉、ターメリックなどを軽く炒め蒸しにした料理。アーユルヴェーダの観点からも、生のハーブの酵素や栄養素を摂るための重要なおかずです。
  • 野菜のカリー: 季節の野菜を使った煮込みです。カボチャ(ワッタッカ)の甘いカリーや、オクラ、ジャックフルーツ(ポロス)のカリーなどが定番です。これらはココナッツミルクベースで、野菜の甘みを引き出した優しい味付けのものが多いです。
  • メインのカリー: チキン、魚(マール)、エビ(イッソ)など、動物性たんぱく質のカリーです。これらは比較的スパイシーで、塩味や辛味がしっかりしていることが多いです。特に「マール・アンブル・ティヤル」という、ゴラカ(ガルシニア)という果実の酸味で魚を煮詰めた、酸っぱくて辛いカリーはスリランカ特有のものです。
  • パパダン(豆のせんべい): 豆の粉で作った薄いせんべいを揚げたもの。パリパリとした食感が、全体のアクセントになります。

混ぜるが勝ち? スリランカ料理の正しい「食べ方」

さて、これだけ多くのおかずが一皿に盛られた「ライス&カリー」を、スリランカの人々はどのように食べるのでしょうか。

日本料理では、小鉢の料理を一つずつ順番に味わい、ご飯と交互に食べる「口中調味」が基本ですが、スリランカ料理の作法は全く異なります。

その真髄は、**「すべてを混ぜ合わせる」**ことにあります。

なぜ「混ぜる」のか? その文化的意味

お皿の上には、「辛味」(チキンカリーやサンボル)、「酸味」(サンボルや魚のカリー)、「甘味」(カボチャのカリー)、「塩味」(全体)、「まろやかさ」(パリップ)、「食感」(マッルンやパパダン)といった、味の全ての要素が揃っています。

これらを、最初からお皿の上で少しずつ混ぜ合わせ、自分好みの味を「創造」しながら食べるのが、スリランカ流です。

一口ごとに、混ぜる比率が変わります。 ある一口は、パリップの優しさとチキンの辛さが混ざり合い、次の一口は、サンボルの酸味とマッルンの食感が加わる…。

単体で食べても美味しいおかずを、あえて「混ぜる」ことで、口の中でダイナミックな味の変化が起こり、複雑なハーモニーが生まれます。この「カオス(混沌)の中の調和」こそが、スリランカ料理の最大の魅力であり、真髄なのです。

手で食べるということ

この「混ぜる」行為を最も効率的に、かつ五感で楽しむ方法が、「手食(手で食べること)」です。スリランカでは、今でも多くの人が右手を使って食事をします。

スプーンやフォークでは、異なる粘度のカリーを均一に混ぜ合わせるのは難しいですが、指先を使えば、米粒一つひとつにカリーを纏わせ、サンボルを均等に散らし、パパダンを砕いて振りかける、といった繊細な作業が可能です。

また、指先で料理の温度や触感を感じることも、味わいの一部とされています。

もちろん、観光客向けのレストランではスプーンとフォークが用意されていますし、無理に手で食べる必要はありません。しかし、もし機会があれば、この「混ぜる」文化を体験していただくと、スリランカ料理の理解が格段に深まるはずです。

カレーだけじゃない! スリランカの多様な粉もの文化

スリランカの食は「ライス&カリー」が中心ですが、それ以外にも、米粉や小麦粉を使った豊かな「粉もの文化」が存在します。これらは主に朝食や軽食として愛されています。

ホッパー(アッパ)

米粉とココナッツミルクを発酵させた生地を、「アッパタチ」という丸く深さのある小さな中華鍋のようなフライパンで焼いた、お椀型のクレープです。縁はパリパリと香ばしく、真ん中はふんわりともちもちした食感です。 中央に卵を落として半熟に仕上げた「エッグ・ホッパー」は、朝食の定番。これにカリーやサンボルをつけて食べます。

ストリング・ホッパー(インディ・アッパ)

米粉の生地を、専用の器具で押し出して極細の麺状にし、それを丸くまとめて蒸し上げた料理です。見た目は日本の「そうめん」にも似ています。この麺の塊をほぐしながら、パリップ(豆カリー)やポル・サンボルと混ぜ合わせて食べます。

コットゥ・ロティ

スリランカのB級グルメ、ソウルフードの王様です。「ロティ」という小麦粉のクレープ状のパンを、野菜や卵、肉などと一緒に、大きな鉄板の上で2枚の金属のヘラ(コテ)で「カンカンカン!」とリズミカルに刻みながら炒め合わせる料理です。 屋台から聞こえるその音と香りは、食欲を強烈に刺激します。

スリランカ料理とは「生命力をいただく調和の体験」

ここまで、スリランカ料理の奥深い世界を旅してきました。

スリランカ料理の真髄とは、

  1. 多様な文化が交差する歴史の中で生まれた「独自性」。
  2. ココナッツ、スパイス、米という「3つの柱」に支えられた、アーユルヴェーダの知恵。
  3. そして何よりも、一皿の上で辛味、酸味、甘味、香り、食感を「混ぜ合わせる」ことで完成する、「混沌の中の調和の哲学」 にあります。

それは、単にお腹を満たすための「食事」ではなく、島の自然が育んだ食材の生命力を、スパイスの知恵でまとめ上げ、最後は自分自身の手で完成させる「体験」そのものです。

もしスリランカ料理を召し上がる機会がありましたら、ぜひお皿の上にある様々なおかずを、少しずつ混ぜ合わせながら、その味の変化を楽しんでみてください。きっと、この島国が育んできた、豊かで複雑な食文化の奥深さに、心からの驚きと感動を覚えることでしょう。

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